マッサーージとレイキのお店「さゆら」のセラピストが気まぐれに更新する日記です。
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消えない絆
フリースクールの子供達が集まって、同窓会をしました。

お花見のつもりだったけど、雨かもしれないと心配して、娘の提案で何故か会場は元ダンナの家に。

メンバーのうち4人の子達は今年成人式だったということで、

子どもの成長の早さにびっくりするやら嬉しいやら。

彼らがフリースクールにはじめて訪れたのが中学2年生の頃。

学校で先生や友達との関係でつまづいて、人のことも自分のことも信じる事ができなくなって、

はじめはフリースクールの部屋の片隅で、声も出さずにうずくまっていた子もいました。

精神的なストレスで血尿がでていた子もいました。

彼らはお互いに一緒に居ることで、だんだん人への信頼感を取り戻していきました。

心を開いて笑いあい、本当の兄弟姉妹のようにじゃれあってはしゃぐようになりました。

スタッフだった大人達は場所を開けていただけ、

子ども達はお互いに癒しあって成長していきました。

子ども達の、不器用だけど深いやさしさと寛容さは、大人が無くしてしまったものかもしれません。


今日集まった子ども達はみんな、特別な絆で繋がりあっています。

当たり前に学校に行っていたら、できなかった絆です。

そんな「特別な」経験をしてきた子ども達が、なんだか羨ましい感じがします。

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旅立ち
遊水峡
小学校
荻岳

昨夜、日付が今日に変わる頃、

友達は天国に旅立ちました。

ご両親と、パートナーと、わたしの妹の4人が見守る中、穏やかな最後だったそうです。


わたしはおとといから、久しぶりに一人で温泉宿に一泊で出かけていました。

車を運転しながら、満開の桜の花や、山々の美しさに、感謝でいっぱいの気持ちになりました。

美しい景色は、神様が「この世界を楽しみなさい!」と言っているような気がします。


その日は癌と闘っていた友達の40歳の誕生日で、夜に宿からメールをしました。

痛み止めで意識がハッキリしないと聞いていたけど、

付き添っているわたしの妹が、読んで聞かせてくれるのじゃないかと思いました。

しばらくして彼女の携帯から返信が返ってきました。

彼女のお母さんが返信してくれたのでした。

「N子は今、最後のがんばりを見せています。N子がこんなに人様に愛されていたのかと、

母として、うれしく思っています。」

そのメールにはたくさんの感謝の言葉が綴られていました。


宿で一泊した翌日、寒かったけど、空は晴れていて、

満開の桜と菜の花が続く道を、友達のことを思いながら運転しました。

彼女がこの景色を見ることは、もう無いのかもしれないと思うと、

景色はますます輝いて見えました。

奇跡ってこういうことだと、今、目の前にあるものが奇跡だと思いました。

意識が無い友達に、この景色が夢の中の風景みたいに届くといいなと思いました。

見えていたらいいなー。


そして今、友達の魂は、

不自由な体を離れて、痛みや苦しみからも解放されて

桜が満開の風景を下に眺めながら、

ゆっくりと空へと昇っているのだと思います。


まうじ、ありがとう。

生まれて来てくれてありがとう。

出会ってくれてありがとう。

またいつか、どこかでめぐり会えるのを楽しみにしているよ。

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幸せな風景
ゆうべ東京の友達から電話があり、

先週熊本に帰って来た、闘病中の友達の容態が思わしくなく、急遽入院したというこでした。

意識が混濁していると聞いて、のどがぎゅーっと締め付けられる感じがしました。

それから数人の友達に電話。 みんな泣いてたね。

そして今日、お見舞いに行った友達から、

どうにか語りかけにも受け答えていた、たまに朦朧とした中にも冗談を言ったりしてた(!)、

集中治療室でなくて一般病棟にいた、と聞いて、少し安心しました。


どうやら先日の帰省で無理したみたいです。

みんなが「疲れたらごろごろしてね」って言っても、「いや、いい」と言って

4時間くらい椅子に座って話してたっけ。

みんなは日替わりランチ食べてる時も、子供用のうどんを食べるのがやっとだった。

送って行った車の中でもつらそうだったのに、シートを倒して寝ててよかったのに、

なんか・・・どうして・・・!? 「大丈夫」って言って平気なふりする。 

心の中では、色んな想いがあっただろうに、絶対弱音を吐かない。

みんなを笑わせようと、ギャグしか言わない。昔からそうだったよね。

「どうして弱音を吐かないの?!もー、バカタレ!」と思う事もあった。


でもこれが彼女が望む形。

これでいいんだね。 みんなの心配な顔なんて、一番見たくないよね。


夕ご飯を作りながら、思い出していた景色がありました。

ずっと忘れてたけど、

高校時代、彼女と二人で放課後に、

岩田屋デパートの7階あたりの、展望の良い通路で、

夕暮れまで、熊本城あたりを見ながら話し込んでいたこと。

彼女のお父さんはわたしたちの高校の国語の先生だったから、

お父さんが仕事が終わるまで、いつも一緒に待ってた時期があって、

その時はよく、デパートの上のほうから、街を見下ろしながら話し込んでた。

何を話してたか、さっぱり覚えてないけど、

とにかく幸せな時間だったことだけ覚えています。
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ハイアーセルフからの言葉(覚え書き)
自分の人生を、祝福することができないと感じる時

自分の内面に目を向けても、光が見出せない時

自分が生まれてきた意味が、目的が、求めても見つからないと感じる時

自分には価値が無いと感じてしまう時


自分の内面を見つめることから、少しだけ離れて

ただ、あなたの周りに存在する人、ものごとに、心を込めなさい

あなたの外側に存在するものは全て、あなたの内面を映す鏡です

あなたの周りに心を込める時

あなたは、あなた自身に心を込めているのです
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ハウステンボスに行って来ました
ハウステンボス

バスツアーでハウステンボスに行って来ました。

わたしと次女は来るのは9年ぶり、2回目。

長女と長男は小学校の修学旅行でも行ったので3回目。

今日は連休初日、学校によっては春休み初日、それにチューリップ祭りだったとあって、

とにかく、人、多っ!!

特にレストランはどこも長蛇の列だったので、うんと時間を遅らせて3時ごろやっと食べました。

おみやげのレジにも長蛇の列でした。


ハウステンボスに向かうバスの中から見える、大村湾の海がとってもきれいで、

こうして子ども達と一緒に旅行ができることがありがたくて、

うんとお金のことで悩んでいた時、

そんな時は長崎まで旅行なんてとてもできなかったと、

晴れた空と海を見ながらそんなことを色々考えてたら、

今がありがたくて涙が出てきました。

あたりまえのことなんて、何一つありません。

感謝します。
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精密検査に行きました
先月受診した子宮ガンの定期検診にひっかかり、「要 精密検査」ということで

今日、市民病院で精密検査を受けてきました。

結果は異形成という細胞の変質が確認されました。

詳しい結果が出るのはまだ先だけど、ひとまず早急に治療が必要というわけではなさそうです。

自然に治癒することもあるらしいので、それを信じる事にします。

精密検査のこと、心配してくれた友達、大丈夫です。ありがとう。


実は父親が亡くなった時、棺の前でぼんやりしていたら、

「婦人科の病気に気をつけなさい」 というメッセージをもらった経験があって、

だから、子宮ガン、乳がん検査には行かなくちゃ、と思ってはいましたが、

40歳になってやっと、はじめて受けました。

受けて良かった。今日の結果にも早めに気付かせてもらえたこと、感謝します。

異形成は放っておくと癌になる可能性があるからです。


あー、それにしても

どうして婦人科のお医者さんは男性ばかりなのでしょう?

もっと女医さんが活躍してもいい分野だと思います。

もちろん男性の婦人科のお医者さんたちも、次から次に休む間もなく診察をしていて、

それでも患者さんたちにちゃんと気配りをしてくださって、

本当に大変なお仕事だと思います。頭が下がります。

でも、このお医者さんたちは、月経や出産の感覚を決して味わう事はないんだろうなーと

本当の意味で共感してはもらえないんだなーと、つい考えてしまいます。

だから、男性に診察される恥ずかしさというより、

共感してもらえない相手に、自分の体を預ける不安感があります。


婦人科には女医さんを!

きっとたくさんの女性がそう思っているだろうと思います。
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ありがたいご縁
今日は子どもの小学校で、俳句の特別授業がありました。

先生はわたしの叔母。今年で叔母の俳句の授業は3年目です。

叔母も娘の小学校の出身なので、「来て来て先輩」という授業の一環で招待されています。


夜は校長先生、教頭先生、娘の支援学級の担任の先生、それに叔母とわたしで食事をしました。

校長先生行きつけのイタリア料理のお店で、ワインも食事もとっても美味しいお店です。

去年も叔母と校長先生と3人でこのお店で食事をしました。

(今日は店休日だったにも関わらず、特別にお店を開けていただいたそうです。)

先生方みなさんすごく気さくで、先生という敷居の高さがまったく無いです。

こんな素敵な先生にお世話になることができたことに、心から感謝です!

先生方とは保護者と教師の立場を越えて、なにか深いご縁を感じます。

校長先生を初めて見た時の第一印象は 「父に似ている!」 でした。

それから叔母も校長先生を一目見て 「兄貴に似てるね」 と言いました。


初めて校長先生とお話した時、子どもが学校へ行かないことで苦しんだ経験を話すと、

校長先生は一言 「お母さん、今までよーくがんばってこられましたね。」と

心からおっしゃってくれました。

学校の先生からそんなねぎらいの言葉をかけられたこと自体はじめてで、

その一言で今までの苦労が報われたような、すっと体が軽くなるのを感じました。


支援学級の先生は、ご自分の子どもさんの不登校で、色んな感情を味わってきた方です。

自分も教師として、生徒達に点数を付けて評価するのがとっても苦しいとおっしゃいました。

校長先生は「点数をつけなくても教育は成り立ちます。」とはっきりおっしゃいました。

学校教育から点数が無くなる、そんな日が本当に来ればいいな。

このメンバーでまた飲みましょう!と、次回の約束をしてお店を出ました。

先生方、明日も学校お疲れ様です。








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奇跡のリンゴ
千葉県の房総半島で有機農業をしている妹が、先日帰省した時に、

「この人、本当にスゴイから!読んでみて。」と言って、わざわざ私にプレゼントしてくれた本がありました。

「奇跡のリンゴ」というこの本には、「無農薬、無肥料でリンゴを作る」という、

常識では「絶対不可能」とされたことを可能にした、

まさに奇跡を起こした一人のリンゴ農家を営む男性の、壮絶な半生が綴られていました。


農家の木村秋則さんは、その奇跡をおこすまで、

30年にもおよぶ試行錯誤と、過酷な試練の日々を送ってきました。

リンゴがまともに実らなかった長い歳月、

木村さんとその家族は現代では考えられない、極貧の生活をしのいできました。

米も底を尽き、粥にして家族で飢えをしのいだ時もあったと、本の中にありました。

何十年も昔の話ではなく、80年代のことです。

何故そこまでして、木村さんは夢の実現を諦めなかったのか?

それは木村さん自身にも預かり知れない、不思議な力が働きかけていたのだと思います。

農薬散布を止めた畑のリンゴの木々は、ありとあらゆる、血のにじむような努力にも関わらず、

年々病害虫に侵されて枯れかけていきます。

実はおろか、葉さえまともに育たない状態が何年も続きます。

そんな木々の一本一本に、木村さんは「お願いだから、枯れないでおくれ」と

懇願しながら語りかけたといいます。

家族は困窮の極みの生活を強いられ、近所の農家からは村八分の扱いを受けるようになりました。

やがて思い詰めた木村さんは、ついに死を決意します。


死に場所を求めて分け入った山奥で、木村さんは不思議な光景を見ます。

月光の下でたわわに実をつけた、野生のリンゴの木の幻を見たのです。

このことが転機となって、木村さんは不可能を可能にする、大きなヒントを得る事になります。

人間などには計り知れない、自然が本来持っている、複雑で完璧な叡智を見たのです。

死の決意と引き換えに、宇宙が、そのありのままの姿を木村さんに見せてくれたのかもしれません。


木村さんのリンゴは腐らないそうです。

腐らずに、甘い香りと、ほのかに赤い色を残したまま、ただ小さくしぼんでいくのだそうです。

木村さんのリンゴを初めて食べた時の感想を、著者はこう書いていました。

「あまりにも美味しいものを食べると、人は涙を流すのだということをその時初めて知った。

一口頬張った瞬間に、大袈裟でなく、自分の全身の細胞が喜んでいるような感じがした。

「これだ!これだ!これだ!」

細胞と言う細胞が、そう叫んでいるような気がした。」




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東京からの友達
今日は高校時代からの友達が、東京から2年ぶりに里帰りしてきたので、

午前中に空港まで迎えに行きました。

友達は今、がんで闘病中です。

到着口で、一人でドキドキしながら、友達が出てくるのを待ちました。

と、帽子にマスクで手を振る友達が。 同居人のお友達も一緒でした。


お店に他の高校時代の友人も集まって、ささやかな同窓会です。

少しマッサージもさせてもらいました。

もう半年以上、入退院を繰り返しながら、治療に専念する生活を送っているのに、

昔のまま変わらない、いつも人を笑わせて、人の輪の真中に居る友達。

暗さなんてぜんぜん無くて、みんなでたくさんたくさん笑いました。

でも、泣きたい時もきっとあるだろうから、そんな時は思い切り泣けてたらいいなと思いました。

きっと泣けてるんだね。だから笑えるんだね。


それから八代の実家まで友達を送りがてらドライブ。

実家の友達のお母さんは、わたしを一目見たとき、ちょっと涙ぐまれました。

そして手作りのケーキや地元のお菓子、果物にお漬物、山ほどお土産をいただきました!

「あー、送って来てほんとよかった!」と友達に言ったら、また笑っていました。

またみんなで集まろうね。今度は快気祝いだね!
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宇宙は応える?
ゆうべ、夕飯の時間に、長女が「定額給付金っていつもらえるの?」

この一言から定額給付金の使い道の家族会議に(笑)

かなり矛盾をはらんだ、理解し辛い制度だし、お金をもらっても正直うれしくない気もしますが・・・。

(その後の増税は嫌だし、第一、そんな予算が組めるなら福祉予算を増やして欲しい)

まあ制度の良し悪しはさておき(おいといていいのか?!)

子ども達はそれぞれ自分のお小遣いにしたいと言い張ります。

わたしは・・・うーん、旅行したいかな?と言ったら、子ども達もノッて来て、

長女が何故か「わたし、長崎行きたいんだよね。」と長崎旅行のパンフレットを持ち出して来ました。

それを見て次女が「ハウステンボス行きたい。」

次女は赤ちゃんの頃行ったきりで本人は覚えていません。


そして今朝。実家の母から電話が・・・

母方の叔母が勤める会社で、ハウステンンボスのバスツアーが半ばノルマで来ているので、

旅費は叔母が出してくれるそうだから、私と子ども達で行って来たら?ということでした!

すごいシンクロにびっくりです。

子ども達のオーダーに宇宙が応えてくださった!としか思えません。

宇宙よありがとうございます(笑)


という訳で・・・定額給付金は何に使おうかなー?
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先生達と
今日はそれぞれに個人的に用事があって、

子どもの通う、小学校、中学校、高校へ行ってきました。

用事があって行ったのに、いろんな先生とたくさんおしゃべりしてきました。

まず小学校の校長先生と、校長室でいろいろおしゃべり。

校長先生とは仲良しです。残念ながら今年で退職だけど、とってもダンディで素敵な先生。

保護者と校長先生という立場も関係無く、なんでもオープンにお話してくださって、

いつもついつい長居してしまいます。

それから次女の支援教室の先生と、今度は別室でまたおしゃべり。

この先生もとっても大好きな先生。

先生という立場でなかったら、きっといいお友達になれたと思います。

(来年、娘の小学校を離れられたらお友達になってみよう!)

先生の息子さんも不登校だったことがあり、今は高校を中退してバイトの生活だそう。

ご自分が学校と子どもの間で散々ご苦労なさったから、

私たち親子のことをとても良く理解してくださっています。


それから息子の中学へ。

息子が在籍している支援教室も、とってもユニークで自由な学級です。

何時に登校して、何時に下校しても自由。

必ず本人の意思を確かめて、行事やカリキュラムの参加を決めてくれます。

この学級には発達障害の子どもの他に、市内各地の中学校から不登校の子供達が通級してきます。


最後に娘の高校へ。娘がお世話になった先生方にお礼とご挨拶。

どの先生も、誠心誠意、娘のためにできるだけのことをしてくださったなと思います。

「力及ばず、申し訳ありません。子どもが学校を辞めて行くこと程つらいことは無いんですよ。」

と、担任の先生も残念そうにおっしゃって、何だか申し訳無い気持ちでいっぱいでした。

娘と仲良しだった生徒会長の男の子も出てきてくれました。(娘も2年間生徒会に入っていました)

彼は先生に、娘が辞めないよう「引き止めてください」と言ってくれたそうです。

「辞めないでって言ってくれたんでしょう?とってもありがたかった!本当に今までありがとう。」と

この男の子にもお礼を言えてよかった。

最後に娘がとても信頼していて、お世話になっていたスクールカウンセラーの先生とお話しました。

娘が小さかった頃のことを話していたら、涙が出そうになりました。

子ども達を取り巻く先生方が、みなさんとっても温かいです。感謝せずに居られません。

うちの子ども達はみんな学校が合わないけど、

先生方への信頼感を失わずにいられることに、心から感謝します。
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痛みを抱きしめる (長いです!)
お店に訪れてくださるお客様のほとんどが、気持ちの上で、何らかの葛藤を抱えておられる方です。

わたしがそういう性格だから、引き寄せている?もちろんそうも言えると思います。

でも、わたしがレイキをお仕事にしようと思ったのは、そういう方の助けになりたいから、

助けなんて、傲慢だけど、少しでもお手伝いできることがあればと思ったから。


ブログに自分の過去の経験を書くのは、それに同情して欲しいからでも、もちろんなくて、

今現在、過去のわたしのような気持ちを経験している方の、

少しでもヒントになればと思いながら書いています。

わたしが経験した苦しみの、何倍もの苦しみを味わっている人も居ます。

その人の苦しみの全部を解ることはできないけど、「ひとりじゃないよ」と伝えたい。


このブログを読んでいる友人にも、話していないことかもしれないけど、

わたしは二十代の前半から、断続的に9年間、心療内科にかかっていました。

お薬を処方されていたこともあったし、カウンセリングだけのこともありました。

子どもの頃から、脅迫感や不安感が強くて、ずっと生きるのが怖かった。

生きているのが楽しいと感じるようになったのは、ほんとうについ最近のことです。

カウンセリングを重ねるうちに、これは本来の私自身の気質と、

生い立ち(特に母親との関係)が、複雑に絡んだ結果だということが分かって来ました。

自分という人間を、自分がどう扱って良いのか分からず、感情はコントロールが効かず、

激しい落ち込み、怒り、自己否定、罪悪感に飲み込まれて、

まるで舵の取れない、荒波に漂う船のようでした。

子どもや元の夫にも、たくさん迷惑をかけました。可愛そうな目にもあわせました。


でも自分が「病気」だと思ったことは一度もありませんでした。

わたしは自分の人生の絡まった糸を、少しずつ解いていけるはず。

そうすれば、必ず自分の人生を、自分の元に取り戻す事ができる。

それを信じる事ができたのは幸いでした。


時には、自分の苦しさをを、夫のせいにし、母親のせいにし、子どものせいにし、

荒れ狂った気持ちの中で、恨みや怒りだけが渦巻くこともありました。

でも、もちろん、誰のせいでもなかった。「自分のせい」ですらなかった。

そこに責任を負うべき人は、誰も居ない。


でも、ひとつだけ言えること。

それは、自分を幸せにできるのは自分しか居ないということ。


それから、わたしは自分の「痛み」を抱きしめることにしました。

他人のせいにしていたとき、「痛み」や「苦しみ」は排除すべき敵でした。

早くどこかに行って欲しい、厄介ものでした。

でも、この痛みも苦しみも、本当に癒せるのは自分しか居ない。

だから、怪我をして、痛いと叫んでいる子どもを、そっと抱きしめていたわるように、

痛みと苦しみを抱きしめる事にしました。

お薬も飲むのを止めました。

お薬を飲む事は、「痛い!」という子どもの叫びを、耳を塞いで聞かないようにすることだから。

「痛い!」「苦しい!」という叫びを、とことん聞いてあげよう。

だって、この痛みも苦しみも、わたしから生まれた子どもだから。


そうして、自分を抱きしめる事を、少しずつ、少しずつ学んでいきました。

癒しは、ゆっくりゆっくり起こっていきました。

20年かけてこじれた糸を、20年かけて解いてきた気がします。

わたしの変化に一番驚いているのは元の夫です。


今でも、時々急に落ち込んだり、いろんなことが不安になったりするけど、

「これがわたしだから」と受け入れる事ができます。

そして、自分の人生は自分のものだと、自分で創っていけると、心から信じる事ができます。

たくさんの、家族や友達や、目に見えない存在が、わたしを見捨てることなく支えてくれたお陰です。





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おひなさま 七回忌 チェンジリング
わが家のささやかなおひなさま。

わが家に来て今年で17年。毎年ちゃんと出してます。


ひなだん2


そしてこちらが、次女作、豪華・壇かざり!

れいみのひなだん2

一番下段の子犬の「モカちゃん」は、かれこれ10年近く娘が手放せない人形。

ちょっと前まで、寝るのも、お出かけも、絶対に一緒でした。まさに家族。


今日は姑の七回忌の法要で、朝から以前住んでいた松橋の家にお参りに行きました。

遺影の前で手を合わせていたら、姑の声が語りかけてくるようで、しばらく合掌が解けませんでした。

ずいぶんご無沙汰していましたから。お義母さん、ごめんなさい。

子供達はそのまま法事に出席。

わたしは微妙な立場なので(苦笑)、その間映画を見に行きました。


クリント・イーストウッド監督 「チェンジリング」

レビューのとおり、かなりヘビーな作品です。あー、落ち込んだー!(苦笑)

でも映画としては文句無く素晴らしい。2時間半近い上映時間の間、終わりまで息をもつかせぬ展開。

映画の底力を感じる作品でした。

事実起こった事件を元に作られた作品かと思うと・・・やりきれない気持ちでいっぱいです。

事件の残虐性も然る事ながら、良心を失った権力機構(ここではロス市警)はもっと恐ろしい。

それから、子どもの失踪というテーマは、感情移入し過ぎて、見終えた後はヘトヘトに・・・(苦笑)

あー、しばらくトラウマかも・・・。

でも絶対見て損はしない作品です。お涙頂戴的な安易な作り方をしていない。

これは親子の物語。母の物語、そして腐敗した権力の恐ろしさを訴える物語です。

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