FC2ブログ
マッサーージとレイキのお店「さゆら」のセラピストが気まぐれに更新する日記です。
page top
「学習障害」という個性
高校に入学した長男が、帰宅するなり

「オレ、字が読めんけん、塾に行きたい。」と言い出しました。

聞けば国語の時間に朗読であてられ、

漢字が全く読めずにいつまでも立たされていたとのことでした。

こういう事は始めから予測していたので、

入学式の後で担任の先生に息子の読み書き障害のことを話し、

他の教科担任の先生にも伝えていただくようにお願いしていました。

でも、確認すると、この事はまだ他の先生には伝わっていませんでした。


その後、夜になって、ちょっとブルーになって笑わなかった息子に、

初めて、息子の「学習障害」と呼ばれる特徴についてきちんと説明しました。

YMCAの学習障害についてのホームページをプリントして、一緒に読みました。

特徴が箇条書きしてあるところを読んでは、

「ああ、オレと同じだ。」を連発していました。

これまでは「しょうたには文字の読み書きが苦手という特徴があるから、

できなくても努力が足りないからじゃないよ。

人に手伝ってもらっていいよ。」とだけ伝えていました。

でも、こうして社会的にも認知されている特徴だという事を知って、

息子の目が少しほっとしたような、明るい目になりました。


「告知」する時、「どうか、息子の完璧さを見ながら説明ができますように」と

神様にお願いしました。

息子を憐れむような気持ちが混じりませんようにと。

そして、それは実にうまく行きました。

息子に全てを話しても、息子の自尊心は傷つけられなかったと、そう感じました。


小学1年生の3学期のある日の夕方、

「ひらがなのテストをしたのですが、しょうた君が一文字も書けませんでした。

学習障害の疑いがあるので検査をお勧めします。」

というお電話を担任の先生からもらいました。

3歳下の妹よりも言葉の覚えが悪かったので、わたしもどこかで気づいていましたし、

不思議とまったく落胆したり動揺したりということはありませんでした。

むしろ、わたしや長女と次女も、「学習障害」という個性を持った息子が大好きでした。

息子のとんでもない単語の言い間違いに、わたしたちは良く笑わせられました(笑)

それを「障害」だなんて思った事も無く、

その独特で絶妙の天然ボケ加減を(笑)、家族みんなが大好きでした。

今でもそうですし、

自分のそういう「ちょっと抜けた」部分が人を楽しませることを、

息子自信も知っています。

「障害」という呼び名は、

社会に認知してもらうための単なる「共通言語」だと思っています。

わたしは息子の特徴を「障害」だと本気で捉えたことはありません。


今だから明かしますが(笑)、息子は受験の2ヶ月前に、

自分の志望校の名前が読めませんでした!

でも「受験に落ちるなんて思ってなかった。」そうです。

ホントの事を言うと、そんな息子をわたしはいつも尊敬しています。


学習障害とは・・・ちょっと「スピリチュアル」な視点で考えた時、

「教育される」ことを拒む魂のなのではないかと思っています。

きっと、自分が完璧な魂であることを、忘れずに覚えたまま生まれて来て、

「教育」の必要が無いことを、

深い所で知っているのではないかと思うのです。






スポンサーサイト
© さゆら日記. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG